審査員

JUDGES

アルファベット順
※審査員は予告なく変更になる場合があります。

メリッサ・ボウマン

ヒューストンバレエスクール

MELISSA BOWMAN, HOUSTON BALLET SCHOOL

6歳で元ニューヨークシティバレエのロイス・エリンに師事、バレエを始める。11歳の時、英国ロイヤルバレエのスタンレイ・ホールデンとマーガレット・グラハム・ヒルズに師事する。
15歳の時、ミハイル・バリシニコフに招待され、アメリカンバレエシアター(ABT) に入団し、7年間所属する。ABT在籍中、有望な若手ダンサーを起用し、エマーソン・ダンスシアターを設立した。1988年、スイスのベルン・バレエ、後 故ウーヴェ・ショルツ監督の元チューリッヒ・バレエに移籍する。ショルツの移籍と共にライプツィヒ歌劇場に所属。ダンサーとしてソロや主役を踊り、後監督補佐となる。1999年に帰国。2000年、ピッツバーグユースバレエの振付家、アソシエイトディレクターとなる。2001年より、ABTのサマープログラム、デトロイト支部で教師を務め、2007年、ABTナショナルトレイニングカリキュラム委員、サマーインテンシブ芸術監督に任命される。 2004年、夫のリチャードと共にダンス・コンサルバトリー、カリフォルニアダンスシアターユースバレエを設立、5年にわたり芸術監督を務める。ABT付属ジャクリーン・ケネディ・オナシス・スクール元校長補佐。

パベル・グレビッチ

ボストンバレエスクール

PAVEL GUREVICH, BOSTON BALLET SCHOOL

ベラルーシ共和国、ミンスク生まれ。ベラルーシ国立バレエアカデミー卒業後、ベラルーシ国立ボリショイ劇場バレエ団のソリストとなる。1997年、ミルウォーキー バレエにプリンシパルダンサーとして入団。2002年、ジャクソン国際バレエコンクールのセミファイナリスト。2003年、ボストンバレエ入団、2009年にプリンシパルに昇格し2012年、スザンヌ・ファレルバレエに移籍、2012年から2015年まで同団のプリンシパルダンサーとして活躍し、その間PBSテレビのドキュメンタリー番組、ダンシングアンナカレニーナに出演した。シンシナチバレエ、バレエテレサカレーニョにてゲスト出演。レパートリーは、バランシン、キリアン、タープ、モリスなどによるクラシック、コンテンポラリー作品。2015年に現役引退し、ボストンバレエスクールの教師となる。幅広い年齢層やレベルの指導をしながら振り付けやロシアキャラクターダンス、舞台出演の為のコーチングにも携わる。バーバード大学、オクラホマ大学、ウェルズリー大学でなどでゲスト教師を務める。

デボラ・ヘス

カナダ国立バレエ学校

DEBORAH HESS, CANADA'S NATIONAL BALLET SCHOOL

ニューヨーク生まれ。バレンティーナ・ペレヤスラヴェク、キャサリン・クロフトンに師事した後、プロとして活躍する。サンフランシスコ・バレエ・スクール校長補佐を勤めた後カナダに移住。 カナダ・ナショナル・バレエスクールの上級教員及び学生交換制度のコーディネーターに就任。その間、ボストン・バレエ、シンシナチ・バレエ、ジャクソン国際バレエコンクール、ロイヤル・デイニッシュバレエスクール、ジェイコブズピロウ・ダンスよりゲスト講師として招待される。 ハバナバレエコンクール(キューバ)、ユースアメリカ・グランプリ、北京バレエコンクール、ジャパングランプリ審査員。

オラフ・ホーフェル

ベルリン国立バレエ学校

OLAF HÖFER, STATE BALLET SCHOOL OF BERLIN

1964年ベルリン国立バレエ学校入学、1971年に卒業する。卒業後、シュトラールズント・シアター、エーリヒ・ヴァイネルト・アンサンブル、ベルリン・コーミッシェ・オーパーで長年にわたりソリストを務める。現役引退に近づいた1986年ベルリン国立バレエ学校で教え始める。また、1990より、フリードリッヒシュタットパラストなどで教えながら、国際バレエコンクールへの出場者のコーチを務める。1992年、ソルトレイクシティの、ユタ大学ダンス学部、バレエ・ウエストII、バレエ・ウエスト・アカデミー、ニューヨークのアメリカン・アカデミー・オブ・バレエのゲスト講師を務めるため渡米する。最近では、中国深圳市やブラジルのポルト・アレグレにおいて国際バレエコンクールやフェスティバルの審査員として招待される。

バレンティナ・コズロヴァ

バレンティナ・コズロヴァ国際バレエコンクール
バレンティナ・コズロヴァ・ダンスコンサヴァトリー

VALENTINA KOZLOVA, VKIBC AND VALENTINA KOZLOVA DANCE CONSERVATORY

モスクワ、ボリショイバレエのプリンシパルダンサーを務める。
ジョージ・アボットとジョージ・バランシンより演出・振り付けを学び、アメリカ、ニューヨーク・ブロードウェイミュージカルのリバイバル、『オンユアトーズ』のメインキャストに採用される。その際、ジョージ・バランシンに認められ、ニューヨーク・シティバレエに入団、プリンシパルダンサーを務める。世界中の著名なバレエ団でのゲスト出演やゲレビ出演など多数。今日までアーテイストとしての業績を評価され数々の名誉賞を受賞した。2018年、『偉大な移民、偉大なアメリカ人』をテーマとしたアンドリューカーネギー基金より、アメリカの芸術の促進に貢献した38人の中の一人に選ばれる。2010年、バレンティナ・コズロヴァダンス財団、バレンティナ・コズロヴァ国際バレエコンクール(VKIBC)を立ち上げる。2018年、VKIBCは、ジャパングランプリとの提携を発表、両コンクールの上位入賞者が互いの決戦に出場する機会が与えられる。

ステファーヌ・レオナール

カナダロイヤルウィニペグバレエスクール

STÉPHANE LÉONARD, CANADA'S ROYAL WINNIPEG BALLET SCHOOL

モントリオールでナターシャ・イズビンスキーの指導の元バレエを始める。
その後、ロシア、サンクト・ペテルブルグのワガノワバレエアカデミーに入学。1993年に卒業、当時、リード・アンダーソンが芸術監督を努めていたカナダナショナルバレエに入団し、プロとしてデビューする。1995年、ニキタ・ドルグーシン 率いる、リムスキー・コルサコフ記念サンクト・ペテルブルグ・コンセルヴァトワール・バレエに入団。1998年に帰国し、カナダのロイヤル・ウイニペグ・バレエのソリストとして所属、眠りの森の美女、レ・シルフィード、くるみ割り人形、ルディー・ヴァン・ダンジック版ロミオとジュリエットのティボルト役など、多数のクラシックバレエ全幕作品において主要な役を務め、ジョージ・バランシン、ジョン・クランコ、ジェームス・クデルカ、フレデリック・アシュトン、ジェローム・ロビンスの作品も踊る。2002年に引退、ロイヤル・ウイニペグ・バレエ・スクールにおけるアスピラント・プログラムの監督に就任する。

ディミトリ・マギトフ

ジョン・クランコ・バレエ・スクール

DIMITRI MAGITOV, JOHN CRANKO BALLET SCHOOL

キエフバレエ学校でバレエを学んだ後、モスクワのバレエアカデミーで研修し1992年卒業。1992年~1995年、モスクワ国立劇場と契約する。シュトゥットガルト•バレエ団に1996年~1997年コール・ド・バレエ、2004~2005、準ソリストとして所属。同バレエ団では、じゃじゃ馬ならしのホルテンシオ、法悦の詩のヴィジョン、パゴダの王子(ジョン・クランコ作品)、眠れる森の美女(マリシア・ハイデ/プティパ作品)の王子などを演じる。更に、フレデリック・アシュトンのモノトーンズ、ジョージ・バランシンの四つの気質、モーリス・ベジャールのゲーテ・パリジェンヌ、グレン・テトリーのヴォ ランタリーズ、ハンス・ヴァン・マネンのクライネス・レクイエム、イリ・キリアンのステッピング・ストーンズ、マトジャシュ・モロゼスキーのアバター、ハンス・ヴァン・マネンのメタファー、マルコ・ゴッケのブラボー・チャーリー他多くの作品に出演。 2010年より、ジョン・クランコ・スクールの教師を勤める。

アーレン・ミンクホースト

タルサ・バレエ

ARLENE MINKHORST, TULSA BALLET

ナショナルバレエスクールオブカナダ及びカナダロイヤルウイニペグバレエスクール卒業。ロイヤルウイニペグバレエで数々の公演に出演する。引退後は指導者としての道に進み、2004年、カナダロイヤルウイニペグバレエスクール校長に就任した。その任期中、ダンスと学問を両立・統合するプログラムを地域の公立・私立学校に浸透させ、成功をおさめた。レクリエーションコース(一般コース)を見直し、改善した結果、250人の男子生徒を教育する事を達成した。ゲスト教師、審査員としてローザンヌ国際バレエコンクール等の、様々なイベントやバレエフェステバルに招待された。2018年、タルサバレエセンターフォーダンスエジュケーションの校長に就任し現在に至る。

メラニー・パーソン

エイリー・スクール

MELANIE PERSON, THE AILEY SCHOOL

エイリー・スクール監督。全米ダンス・スクール協会理事。コロンビア・シティ・バレエで公演活動をする傍、カルバート・ブロディー・スクール・オブ・ダンスで初期のトレーニングを受ける。1977年から1988年にかけてダンス・シアター・オブ・ハーレム(DTH)に所属し世界中で公演し、幅広いレパートリーを披露。2002年、ニューヨーク•エンパイア・ステートカレッジを卒業、文学士号を取得。2009年よりジャパングランプリの審査委を務めている。

ジャネット・ポペレンスキー

ピッツバーグ・バレエ・シアター・スクール

JANET POPELESKI, PITTSBURGH BALLET THEATRE SCHOOL

コネチカット州出身。ハートフォード・バレエでバレエを始める。その後、ニューヨークのスクール・オブ・アメリカン・バレエより奨学生として招待される。卒業後、アメリカン・バレエ・シアターにコールドバレエで入団し、ソロの役も演じる。海外では、テヘランのイラン・ナショナル・バレエ、アムステルダム・スカピノ・バレエ、ベルリン・ドイツ・オペラ、チューリッヒ・バレエで主役を演じる。ヨーロッパ滞在中ドイツ、クサンテン・フェスティバル 芸術アドバイザーに就任し、ドイツ、スイス、ネザーランドで開催されたガラ公演の演出、出演の両方を行う。その間ウラジーミル・ゲルヴァン、アレクサンドル・ゴドゥノフ、ジョナス・ケイジ、ルドルフ・ヌレエフと共演する。帰国後、ピッツバーグ・バレエ・シアターにプリンシパルとして入団する。現在はピッツバーグ・バレエ・シアター・スクールの校長で、今日まで25年間同校で教師を務めている。レパートリーはクラシック作品全幕、バランシンバレエ、コンテンポラリー作品多数に及ぶ。

ライモンド・レベック

ドイツ国立ドルトムントバレエ、NRWドルトムントジュニアバレエ

RAIMONDO REBECK, Ballet Dortmund, NRW Dortmund Junior Ballet

ベルリン生まれ。ベルリン国立バレエ学校において、マーティン・パットキに師事。ベルリン、ウンター・デン・リンデンと、ドイツ・オペラのプリンシパルを務める。ローザンヌ国際バレエコンクール、ヴァルナ国際バレエコンクール他 、ベルリン評論家賞、 エッセン・アールト賞、2002年ドイツ・ダンス評論家賞など数々の賞を受賞する。2005年から2008年にわたり、エッセンのアールト・バレエ・シアターの初代バレエマスター、芸術監督補佐を務めた。国際的に振付、バレエガラの企画に携わりながら、エヴァ・エフドキモヴァ、 イリ・キリアン、イヴェット・ショヴィレ、ウイリアム・フォーサイスなどの卓越したアーティストと共に仕事をし、中でもモーリス・ベジャール、ルドルフ・ヌレエフの作品の多数の主役に採用された。2012年、バレエ・ドルトムントのバレエマスターに就任、2014年より、NRWドルトムントジュニアバレエ団の芸術監督、振付家を務めている。

ビクトリア・シュナイダー

ハリッド・コンサヴァトリー

VICTORIA SCHNEIDER, THE HARID CONSERVATORY

イタリアフロレンスのラ・スクール・ディ・ダンザの主教員。亡夫、ジューゲン・シュナイダー(元アメリカンバレエシアター、バレエマスター)とオーストラリアバレエ学校のジャニナ・クノーバのもとでロシア式バレエ教授法を学ぶ。 タンパ・バレエ学校の創設者および監督。マーティン・フリードマンの指揮下でタンパ・フロリダバレエのバレエミストレスを務める。サンクト・ペテルスブルグのワガノワバレエ学校で方法学課程を卒業、同校認定教師。 ハリッド・コンサーバトリーで指導に当たった生徒の多くは、プリンセス・グレース賞受賞、ローザンヌ国際バレエコンクールで入賞するなど、優秀な成績を残している。

シャロン・ストーリー

アトランタバレエ

SHARON STORY, ATLANTA BALLET

20年以上プロとして活動をした後、アトランタバレエのセンターフォーダンスエジュケーションの学長に就任し24年目を迎える。現役中は、10年間ボストンバレエに、その後引退までジョフリーバレエとアトランタバレエに在籍した。
プロになるまでは、ニューヨークのジョフリーバレエスクールでロバート・ジョフリーに師事し、スクールオブアメリカンバレエ(SAB)では、フォード財団奨学金を受ける。1996年、アトランタバレエのセンターフォーダンスエジュケーションの学長に就任。アメリカで最も大規模な学校の一つであり、そのプログラムの内容は高く評価されている。在職中ナショナルアソシエーションオブスクールオブダンス(NASD)に認可され、現在はNASDの会長を務め、地域や、全米の組織に奉仕している。2015年、アトランタマガジンより、足跡を残した女性としてウーマン・メイキング・ア・マーク賞を受賞。2007年、ダンス・ティーチャーマガジンに特集を組まれる。2018年、アーツレガシー賞を受賞。

ゲイリー・トリンダー

ニュージーランド・スクール・オブ・ダンス

GARRY TRINDER, NEW ZEALAND SCHOOL OF DANCE

イギリス生まれ。ロイヤルバレエスクール、ランバート・バレエスクール、モーリス・ベジャールMUDRAでバレエを学ぶ。スコティッシュ・バレエ、モントリオールのグレート・カナディアン・バレエ、ロンドン・シティバレエでダンサーとしてのプロ活動を行う。6年間に亘り香港バレエ芸術監督、その後2年間南アフリカのNAPACダンスカンパニー監督。1998年、ニュージーランド・スクールオブダンスの監督に任命される。ラバン・センター(現トリニティ・ラバン・コンサヴァトワール大学)の修士号を取得。イギリスのニューカッスル大学にて教育学のアドバンスディプロマ取得。NZSDの監督を務める傍らスイスのローザンヌ国際バレエコンクール、2011年より香港のアジアグランプリ・バレエコンクールにて審査委員長を務める。2013年、ダンス界への貢献が評価され、ニュージーランド・メリット勲章を授与される。

オリヴィエール・ヴェルクテール

ミュンヘンバレエアカデミー、バイエルン国立バレエⅡ

OLIVIER VERCOUTERE,
BALLET ACADEMY UNIVERSITY OF MUSIC AND PERFORMING ARTS MUNICH AND BAVARIAN STATE BALLET Ⅱ

フランス、ワットルロー生まれ。シュツットガルトのジョンクランコスクールでバレエを学ぶ。卒業後、シュツットガルトバレエ、1995年、ミュンヘンのバイエルン国立バレエに入団。1996年、ベルリン・ドイツ・オペラに移籍するが、1999年バイエルン国立バレエに再入団し、2004年にソリストに昇格。
ウイリアム・フォーサイスの『肢体の原理』、イリ・キリアンの『スタンピンググラウンド』、プティパ・ゴルスキーの『ドン・キホーテ』、ジョン・クランコの『ロミオとジュリエット』、ハンス・ファン・マネンの『カンマ―バレエ』、ヤコポ・ゴダーニの『アフターダーク』、ジョン・ノイマイアーの『幻想、白鳥の湖のように』などに出演する。ダンサーとしての20年に亘るプロ活動を2012年に終える。2008年から2010年ドイツ国立ミュンヘン音楽大学バレエアカデミーでバレエ教育学を学ぶ。現在は、ミュンヘンバレエアカデミー古典舞踊の教授、バイエルン国立バレエIIのバレエマスターを務める。

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